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    タグ:中田

    1: @Egg ★2017/05/17(水) 07:33:30.46 ID:CAP_USER9
    東京国際ユースに参加したボカの選手は、まったく中学生らしくなかった。
     
    トルシエなら「フラットスリー」、ジーコなら「自由」、オシムなら「考えて走る」。日本代表の歴代外国人監督には、それぞれ強化指針となるキーワードがある。
    現職のハリルホジッチは、もちろん「デュエル」。フランス語で「決闘」を意味する。日本的にいえば「球際の強さ」となるだろう。
     
    昨年11月に行なわれたサッカーダイジェスト誌のインタビューで、指揮官は次のように述べた。
    「絶対に伸ばさなければいけない要素です。そのためにはトレーニングしかありません。筋力を強化するには頭での理解も大事です。」
    本気でデュエルを向上させる気があるのか。フィジカルとメンタル、両方からアプローチをすべきです」
     
    少し時間が経ってしまったがゴールデンウィーク中、このデュエルの見本となるような試合を見た。
    東京国際ユース(U-14)の準決勝、東京都トレセン選抜と対戦したアルゼンチンの名門ボカ・ジュニオルスが、デュエルを前面に押し出したゲームを見せてくれたのだ。
     
    ボカの面々は、序盤から東京都トレセン選抜がボールを持って前を向くたびに一気に間合いを詰め、腰から突き刺さるようなタックルを繰り出した。」
    「ズダ?ン!」と激しい打撃音が駒沢陸上競技場に響き渡り、直後、東京の選手が苦痛に表情をゆがめて倒れ込む。
     こういうシーンが何度か続き、ボカは完全にゲームを掌握した。及び腰になった東京は、自陣から出ることすらままならなくなった。
     
    試合は3-0でボカが快勝。18対2というシュート数が、内容でも圧倒したことを物語る。
    ちなみにボカは決勝でFC東京を破り、優勝。スコアは1-1、PK5-4と苦戦したが、こちらもシュート数では14対2と圧倒した。
     
    肉弾戦で敵を委縮させるボカの試合運びは、日本ではなかなか見られないものだ。これは肉体を鍛えれば克服できるというものではないと思う。
    荒々しいタックルの他に、ボカには特筆すべきものがあった。それはたたずまい、振る舞いである。
     
    ひと言でいえば、まったく中学生らしくない。堂々としているというより、ふてぶてしく尊大で傲然としているのだ。一生懸命プレーする東京都トレセン選抜とは、とても同じ年頃には見えなかった。

    ◆U-20代表に望むのは勝利だけでなく…。
     
    ボカのデュエルの強さは、この押し出しの強さと無縁ではない。サッカーは委縮したら負け、文字通り決闘なのだ。
    そう考えると、ハリルホジッチ監督の悩みは永遠になくならないのかもしれない。日本は教育としてのサッカーを推進し、従順で聞き分けの良い選手を育てようとしているからだ。
     
    日本代表で活躍した「デュエルに強い選手」というと、中田英寿、中澤佑二、田中マルクス闘莉王、本田圭佑あたりが思い浮かぶが、いずれもひと癖もふた癖もある「面倒くさい」男たちだ。
    日本で少々厄介に思われるような選手でなければ、世界では戦っていけない。
     
    私はいま韓国の港町、釜山で本稿を書いている。今週末に開幕するU-20ワールドカップを観戦するため、一足早く開催国に乗り込んだのだ。
    実に5大会ぶりの出場となる日本代表に望むのは、勝利だけではない。精神的なデュエルに強い、若者の台頭を心待ちにしている。
     
    取材・文:熊崎 敬(スポーツライター)

    SOCCER DIGEST Web 5/16(火) 17:00配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170516-00025751-sdigestw-socc

    写真
    no title

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    1: 以下、VIPがお送りします 2016/12/25(日) 15:12:48.281 ID:MTQFLuOAxXMAS


     
    それ以外は「サッカー」やってない

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    351: 名無しさん@恐縮です ^^ 2016/10/26(水) 16:45:23.94 ID:tVyh8N+g0

    Cq0yJc9UsAAkzwr

     
    結局イタリアで認められたといえるのは中田だけ?
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    1: Egg ★@ 2016/09/26(月) 11:21:04.81 ID:CAP_USER9
    その人気ぶりにも言及

    彼のようなカリスマは再び日本代表に現れるだろうか。
    2006年のドイツW杯後に突如として現役引退を電撃発表した元日本代表の中田英寿氏を英紙が取り上げている。

    山梨県甲府市で生まれたこの男は早々とイタリアへ上陸すると、世界に羽ばたき、日本のサッカー界を牽引した。
    ローマでは英雄フランチェスコ・トッティと一つのポジションを争い、パルマではアドリアン・ムトゥやドミニコ・モルフェオ、
    そしてアドリアーノといった当時の花形アタッカーたちと競演。誰もが永遠の輝きを期待していたが、
    29歳で彼のフットボールにおけるストーリーは終わった。

    英紙『Guardian』がそんな日本のカリスマを“20代で引退を決断したフットボーラー”の1人として選出し、次のように中田氏のキャリアを振り返っている。

    「全ての人間が中田を小さな宝石と呼んでいた。パルマが2001年に1800万ポンドで獲得を正式発表した際には、彼のサイトにおよそ400万人が殺到することに」

    「3度にわたってバロンドールの候補となった彼はドイツW杯終了と共に29歳での引退を発表。大きな喪失感に包まれ、世界中が驚愕した。現在の彼は酒の会社を営んでいる」

    記事では、惜しまれつつ20代で引退した選手として中田氏以外にも元ブラジル代表のマリオ・デ・カストロや元ノルウェー代表のエスペン・バードセン、
    そして元アーセナルのデイビッド・ベントリーといった選手が取り上げられている。

    やはり“世界のナカタ”がサッカー界との別れを決断したことは、世界にとっても衝撃的な出来事だったのかもしれない。

    theWORLD(ザ・ワールド) 9月25日(日)19時40分配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160925-00010011-theworld-socc

    写真
    no title


    ※前スレ2016/09/25(日) 21:57:19.63
    http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1474808239/

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    96: 名無しさん@恐縮です@ ^^ 2016/08/27(土) 01:33:32.15 ID:BriWL9Cz0

    CbLRnpsUMAA-Zr2


    アーセナルでスタメンで毎試合出場とか不可能だからね。 
    全盛期の中田や香川でもターンオーバー要員がギリギリ。

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    1: 名無しさん@実況で競馬板アウト 2016/08/23(火) 22:51:34.53 ID:hS6IBehT0

    CWt4Ew1VAAAqOEZ

     
    ミランはすごいんだろうけどさ

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    1: ◯( ´∀` )◯ ★@\(^o^)/ 2016/02/16(火) 23:12:48.56 ID:CAP_USER*.net

    no title

     
    堀江貴文(Takafumi Horie) ?@takapon_jp 23時間前
    凄いな。彼がやってることすべて
    本田、衝撃ミドルで伊メディアは堂々のMVP選出「バンザイ・ミラン!」 - http://horiemon.com/news/2016/02/16/44206/
    https://twitter.com/takapon_jp/status/699248289250562048

    堀江貴文(Takafumi Horie) ?@takapon_jp 23時間前
    ぶっちゃけ全然やってることのスケールが違うよ
    RT @xxtakeshichanxx: @takapon_jp 本田選手と中田英さんは共通点があるような気がしますけど実業家としての中田英さんには興味ないですか?
    https://twitter.com/takapon_jp/status/699256788948897792

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    1: YG防衛軍 ★@\(^o^)/ 2016/01/05(火) 15:42:21.33 ID:CAP_USER*.net
    8ehf2

     
    【AFP=時事】イタリア・セリエAのASローマ(AS Roma)一筋のフランチェスコ・トッティ(Francesco Totti)が、
    今シーズン限りで引退する可能性を同選手の妻が明かした。

     プロキャリアの22年間すべてをローマで過ごしている38歳のトッティだが、負傷による3か月の戦線離脱もあり、
    将来について検討する時間をたっぷり手にしている。

     人気テレビ番組の司会者を務める妻のイラリー・ブラージ(Ilary Blasi)夫人は、トッティがすでに
    セリエA最後の一年を迎えていると語った。

     雑誌「オッジ(Oggi)」のインタビューでトッティがいつスパイクを脱ぐのかと問われたブラージ夫人は、
    「引退? そうですね。来シーズン、彼は40歳になります。フランチェスコは素晴らしいキャリアを手にして、
    今は他に自分のしたいことを考えています。とはいえ、サッカー界にはとどまるでしょう」と語った。

     2000-01シーズンにチームを1度リーグ優勝に導いたのみながら、サポーターから崇敬されるトッティは
    2か月前、「体がやめろと言うまで」プレーすると宣言していた。

     今季わずかリーグ戦3試合の出場にとどまっているトッティは、大たい部のけがの回復が
    当初予期していたよりも長引いている。

     今季ここまで最後の出場となっている昨年9月のサッスオーロ(US Sassuolo)戦で、
    トッティはゴールを決めてプロ生活通算300得点を達成した。また、リーグ通算得点数は244となっており、
    シルヴィオ・ピオラ(Silvio Piola)氏の持つリーグ最多記録274得点にあと30ゴールと迫っている。
    【翻訳編集】 AFPBB News

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160105-00000020-jij_afp-socc

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    1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/11/11(水) 19:12:22.335 ID:4hS+wBsoK1111.net

    no title

     
    (´・ω・)おちえて

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    1: YG防衛軍 ★@\(^o^)/ 2015/11/11(水) 16:46:38.38 ID:???*.net


    ペルージャ、ローマ時代の全盛期で残した強烈なインパクト

     1998年に当時のセリエAペルージャで鮮烈なデビューを飾り、ローマで日本人として初めてスクデット
    (リーグ優勝)を果たしたチームの一員となった、元日本代表MF中田英寿氏がイタリアで再びスポットライトが
    当てられている。イタリアのサッカー情報サイト「カルチョメルカート・コム」では、かつてセリエAで活躍した
    選手を振り返る企画で日本サッカー界の革命児を特集している。


    「ヒデトシ・ナカタ。イタリアで大きな成功を収めた最初の日本人選手で、1980年代に流行した
    「ホリー&ベンジー(人気漫画キャプテン翼のイタリアでのタイトル)」の10番を思い出させるような選手。
    サッカー史上で最も才能に恵まれたアジア人選手。マッツォーネ監督のペルージャで爆発した」

     こうした書き出しで紹介された中田。1998年のフランス・ワールドカップ後に21歳の若さでベルマーレ平塚
    (当時、現湘南ベルマーレ)からセリエAに昇格したばかりのペルージャに移籍した中田はシーズン開幕戦
    であるユベントス戦で鮮烈なデビューを果たした。

     当時2連覇中の王者ユベントスは、前半だけで0-3と昇格組のペルージャを圧倒した。
    本拠地のレナト・クーリには諦めにも似たムードが漂ったが、ヒデがそれを吹き飛ばす。
    後半6分に当時イタリアで最高峰のGKと呼ばれていたアンジェロ・ペルッツィのニアサイドを抜く
    豪快なシュートを決めると、続く同13分にはゴール前のこぼれ球を右足ボレーで叩きつけてゴールを奪った。
    結果的にゲームは3-4で敗れたが、「NAKATA」の名はイタリア中にとどろいた。

    イタリアメディア特集 「ローマ最後のスクデットはナカタが明るく照らした」

     そして、同サイトで最も思い出深い一瞬として取り上げられているのが、ローマのスクデットを
    決定づけることになった一戦だ。ローマに移籍して2シーズン目となった2000-01シーズンの5月6日。
    首位に立つローマは、勝ち点6差で2位から猛追するチームとの直接対決を迎えた。
    この節目のゲームの相手は、奇しくもデビュー戦と同じユベントス。そして、この時もローマは0-2とリードを許した。

     当時のファビオ・カペッロ監督は、後半20分に大エースであり永遠の王子であるMFフランチェスコ・トッティに
    代えて日本人MFをピッチに送り込む決断を下した。

     そこからの25分は、イタリアサッカー史上でも伝説に残る特別な時間だった。後半34分、
    ゴールから約25メートルの距離から右足を振り抜いた強烈なミドルシュートがユベントスゴールに突き刺さった。
    そして、1点ビハインドのまま迎えた追加タイム。再び右足を振り抜いた強烈なシュートがゴールを襲うと、
    GKファン・デル・サールは弾きだすのが精一杯。そこにFWヴィンチェンツォ・モンテッラが詰めて
    劇的な同点ゴールを決めた。「ローマの最後のスクデットは、ナカタが明るく照らし出した」と紹介された
    1試合だった。このシーズン以降、ローマはセリエA優勝に届いていない。

    バロンドール候補にも4年連続で選ばれる

    「バロンドールとFIFA最優秀プレーヤーに4年連続でノミネートされたナカタ。彼はわずか29歳にして
    サッカー界に別れを告げ、人生の旅に出た」

     記事では、全盛期の活躍を懐かしんだ。パルマ、フィオレンティーナ、ボルトンなどを経て、
    2006年ドイツワールドカップ後に現役を引退した。現在はサッカー界から少し距離を置いた活動を
    続けている中田氏だが、イタリアでは「ナカータ」の発音と共に、その輝かしい足跡はサッカーファンの
    記憶と記録にしっかりと刻み込まれている。

    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151111-00010010-soccermzw-socc

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