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    タグ:マガト

    1: Egg ★@\(^o^)/ 2016/02/16(火) 10:52:02.56 ID:CAP_USER*.net
     バイエルンやヴォルフスブルク、シャルケなどで指揮を執ってきたフェリックス・マガト氏が、リーグ戦をより面白くするための持論を展開した。15日、ドイツ紙『エクスプレス』にコラムを寄稿している。

     マガト氏によると、先週の中頃に開催されたDFBポカールに比べ、週末のブンデスリーガは話題に乏しかったようで、「もちろんカップ戦は一発勝負だから戦い方も変わってくる」としながらも、「ブンデスリーガは退屈」と記している。

     解決策としてマガト氏は、2つのことを提案している。1つ目はアイスホッケーやバスケットボールのようなプレーオフ制度の導入で、「そうすることで、シーズン終了間際が非常に面白くなる」と考えている様子。そしてもう1つは、勝ち点制度の変更だという。

    「退屈さを減らすため、試合が0-0の結果に終わった場合は、どちらも勝ち点0にしたらどうだろうか。1-1以上の場合の引き分けは、これまで通り両チームに勝ち点1ずつを与える。

    こうすれば、どちらのチームも得点を奪いにいき、より刺激的なサッカーとなるだろう。最近では、最初から無失点の引き分け狙いでくるチームもあるからね」

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160216-00401909-soccerk-socc

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    1: ◆HeartexiTw 胸のときめきφ ★@\(^o^)/ 2015/12/03(木) 06:24:43.29 ID:rDXDAPkA*.net 
    no title

     
    川崎の元日本代表FW大久保嘉人(33)は2日、鳥栖の新監督に
    基本合意しているマガト氏について持論を展開した。

    大久保は09年にドイツ1部・ヴォルフスブルクに在籍した半年間、
    マガト氏の指導を受けた。「確かに厳しかった。朝6時から3部練をしたり、
    ミニ合宿では登山もした」と「軍隊式」と呼ばれるハードトレを回想。
    練習中にオーバーヘッドシュートを放ち、同氏の怒りを買い、
    メンバーから外される経験をしたこともあるという。「ミーティング中、
    突然合宿をやると言い出したり、試合前日は必ず全員で映画を見に行ったり…
    よく分からないことも多かった」と“変人”ぶりも披露した。

    *+*+ スポーツ報知 +*+*
    http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20151202-OHT1T50183.html

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    1: Egg ★@\(^o^)/ 2015/12/02(水) 05:59:46.94 ID:CAP_USER*.net
    鳥栖が来季の新監督として、ドイツ1部・バイエルンなどを率いてリーグを3度制したフェリックス・マガト氏(62)と基本合意したことが1日、明らかになった。
    複数の関係者によると、この日までに代理人を通じて条件を提示。

    交渉は契約の細部を詰めている段階で、今月中にも来日する方向で調整している。正式契約を経て近く発表される。

    今季年間11位に沈んだ鳥栖が、欧州屈指の名将の招へいに成功した。チーム再建のため欧州の大物監督就任を要望した
    鳥栖の有力スポンサーが、破格の獲得資金を捻出。

    バヒド・ハリルホジッチ日本代表監督(63)の2億6000万円を超える3億円(ともに推定)を用意し、10月下旬からドイツ国内で接触して交渉を進めてきた。

    マガト氏は04、05年シーズンに名門バイエルンでリーグを制覇した。08年シーズンにヴォルフスブルクで優勝した際には、日本代表MF長谷部誠(31)=現フランクフルト=を指導。
    09~11年には同代表DF内田篤人(27)のシャルケ04で監督を務めた。14年にイングランド・フラムの監督を解任され、現在はフリーの立場。

    ギリシャ代表や中国1部・北京国安からも入団のオファーが届いていた。激しい争奪戦となったが、日本人の気質を理解していることが、日本行きの決断を後押ししたとみられる。

    鳥栖は今季、就任1年目の森下仁志監督(43)が組織的にパスをつなぐサッカーを浸透させたが、順位は昨年の5位から大幅に下がった。
    マガト氏は「軍隊式」と言われた厳しい練習で、J1で5位が最高の鳥栖を鍛え上げる。

    ◆フェリックス・マガト 1953年7月26日、ドイツ・バイエルン州出身。62歳。プエルトリコ出身で米国軍人の父と、ドイツ人の母を持つ。
    現役時代は攻撃的MFとして、ハンブルガーSVで3度のリーグ優勝と82~83年シーズン欧州CL制覇に貢献。
    引退後はハンブルガーSV、フランクフルト、シュツットガルトなど、ブンデスリーガで監督を務めた。

    スポーツ報知 12月2日(水)5時3分配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151201-00000267-sph-socc

    写真
    no title

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    称賛される内田篤人の変わらぬ仕事ぶり 苦境のシャルケで必要なクラブ精神の発揮
    http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/eusoccer/1415/columndtl/201503070001-spnavi?page=1

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    CL、ダービーで連敗

    内田篤人は低く構えて、ボールの後ろから目をこらす。最後まで似たような姿勢のままで、試合終了の笛を聞いた。頭を腕で覆った内田は、ダービー敗戦の香りを鼻腔に吸い込んだ。シャルケは1年で最も特別な試合に、チャンスのないまま0-2でボルシア・ドルトムントに敗れたのだ。数日前にチャンピオンズリーグ(CL)でレアル・マドリーに喫したものに続く、苦い敗北だった。

     シャルケの日本人選手は、世界最優秀選手に対して何もできなかった。前回の対戦(2013-14シーズンのCLラウンド16)ではホームで6失点していたシャルケは守備を固めざるを得ず、内田はクリスティアーノ・ロナウドのケアに時間を費やすこととなった。「一度ならず、左サイドのアオゴ以上に効果的なプレーを見せてはいた」。この試合に関する自身の意見として、『西ドイツ新聞』のアンドレアス・エルンストはそう記した。しかし試合ではレアル・マドリーが2-0で勝利しており、その得点者の一人はC・ロナウドだった。

     また同記者は内田が同点ゴールを決めていてもおかしくなかったことにも言及した。74分、ペナルティーエリア内に走り込んだ内田を経由して、交代で入っていたフェリックス・ブラッテのシュートにつなげる。これはバーをたたいてしまったが、内田はこぼれ球に反応。押し込めなかったものの、シャルケのこの試合最大のチャンスだったと言っていいだろう。

    責任が少しずつ大きくなり続けている

     確かに内田は、ブンデスリーガで通算1点しか決めていないが、彼に求められる役割がストライカーではないと、誰もが知っている。だが、このシーンにこそ、シャルケのロベルト・ディ・マッテオ監督が内田に求めていた戦術的役割が示されている。

     シャルケを取材し続け、『レビアスポーツ』誌などで健筆を振るうジャーナリストのエルマール・レデマンに話を聞くと、「現状で、内田が負う責任は少しずつ大きくなり続けている」と話した。内田は今、単なるウイングバックでも、ウインガーでもサイドバックでもなく、攻守にわたり働くことを求められている。

     ダービーでも、その仕事ぶりは変わらなかった。3バックの脇に入ってしっかりスペースを消し、一気のスプリントで黄色い壁の背後を狙った。最終ラインからのフィードを、相手陣内深くで受けた場面もある。試合終盤までは、クロスよりもロングスローでボックス内にボールを送る回数の方が多いほどだった。ドルトムントが輝き続けたダービーだったが、それでも内田は自分の仕事を放棄するようなことはなかった。サッカー専門サイトの『GOAL』はダービーでの内田の働きを、「シャルケの中でも数少ない、試合を組み立てようとする選手だった」と分析した。実際には、サイドでマルコ・ロイスのスピードに対応すべく、守備の仕事を多く割り当てられた。ロイスは自分の働き場を、シャルケの3バックの隙間に求めることが多かった。

    「ウッシー(内田)は常に、守備面のタスクに集中することを求められた」と話したのはレデマンだ。「内田の性格からすると、こうだ。自分の力だけで輝こうとすることはない。常に一番先に来るのは、チームとして成功をつかむことなんだ」

    シャルケファンのお気に入り

    今年2試合目となったバイエルン・ミュンヘン戦で、内田はブンデスリーガ出場100試合を達成した。ブレーメンとのブンデスリーガ第22節(2月21日)の前には、シャルケファンから祝福を受けている。筋肉に問題があったためにブレーメン戦には出場できなかったが、内田はファンにお辞儀をした。シャルケのスポーツディレクター(SD)であるホルスト・ヘルトからは、背番号100が記された記念のユニホームを贈られた。シャルケの広報担当者も「鳥肌の立つ瞬間だった」と振り返る、ファンとクラブの一体感がそこにはあった。

     内田はシャルケファンのお気に入りである。いつでも練習グラウンドには、彼を見に集まるファンがたくさんいる。サインをしたり、一緒に写真に収まったり、短いおしゃべりをしたりと、義務ではないにもかかわらず、内田は喜んでファンサービスに応じる。

     内田が人気を誇るのは、ファンの間だけでのことではない。チームの中でも常に、内田は自分の役割をしっかり認識している。

     チームで一番の親友であるユリアン・ドラクスラーは、内田に短い愛のメッセージを送っている。「どうだい、相棒? すべてうまくいっているかい?」。すると内田は紙の切れ端にこう記した。「ウッシーは君がいなくて寂しいよ、ハニー」。ドラクスラーがSNSに投稿したこのやり取りは、ファンにも好評だったようだ。

    もっとエゴイスティックになっていい

     そんな妙味を心得た役割分担を、内田はピッチの上でも引き受けている。「当初、私にとって内田は、パーティーでひっそり脇に立っている“壁の花”のような存在だった」と認めるのはレデマンだ。

    「試合の中ではとてもおとなしく、ブンデスリーガや国際レベルという“サメ入りのオリ”の中で、1対1の弱さも露呈されていた。だが、内田に関する疑念はすべて払拭(ふっしょく)された。今では、フェリックス・マガト監督の時代から残る選手たちの中でも、一番の“遺産”だと考えられている。今季当初は振るわなかったのも、ワールドカップの疲れもあり、プレー時間を得られないことだけが問題だった。ラフィーニャの後継者として、ゲルゼンキルヒェンで議論の余地ない先発選手の地位を確立している」

     ただし、一つだけ欠けているものがある。「ゴール前での冷静さだ」とレデマンは指摘する。「時にはもっとエゴイスティックになっていい。相手だけではなく、チームメートも尊重しすぎてしまうことがある。間違った謙虚さが出てしまうんだ」

    内田も心得ているシャルケのモットー

     内田はダービーでの敗戦が、クラブにとっての恥辱であり、選手がろくでもないパフォーマンスをしたなら非難の嵐が吹き荒れることを知っている。試合後、ディ・マッテオ監督とホルストSDは、「ファンに謝罪しなければならない」と口をそろえた。

     単なる失敗ではなく、“完璧なる失敗”が、何人の選手から見られた。「マルコ・ヘーガーにベネディクト・ヘベデス、ティモン・ベレンロイター」だけが、SDにはまともな仕事をした選手に映ったそうだ。

    「個性を揺るがしかねない問題」から24時間も経たない日曜日のスタジアム。指揮官は話し合うことを求めた。選手たちは落ち込んではいなかったし、クラブの精神を口にした。

    「戦うこと」

     シャルケを永遠に前へと進めていくモットーである。

     内田もそのことは、よく心得ている。内田にはすでに、驚異的なスタミナと戦術的規律が備わっている。長い時間かけて培ってきたその力を、正しい方法で発現させればいい。ダービーでの2失点目で、ヘンリク・ムヒタリアンを長く走って追いかけながら捕まえきれなかったことも、次への糧とすればいい。

     ダービーでの敗戦を、ファンはしばらく苦々しくかみ締めることになる。CLでは次戦、アウェーのマドリーで逆転することは、ほぼ奇跡といってもいいレベルの難業だ。それでも内田は、その苦難に正面から立ち向かっていくに違いない。いつものように、飄々(ひょうひょう)と。

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