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    カテゴリ: オモシロニュース

    1: Egg 2017/01/19(木) 14:11:23.71 ID:CAP_USER9

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    監査法人デロイト・スポーツビジネスグループは、2016年のクラブ収益ランキングを発表した。

    昨年まで11年間にわたってトップを維持していたのはレアル・マドリーだったが、ついに王座から陥落。
    サッカー界の史上最高額を更新する収益6億8900万ユーロ(約839億円)を記録したマンチェスター・ユナイテッドが12年ぶりに収益世界一のクラブに返り咲いた。

    バルセロナは2位で変わらず。マドリーは宿敵にも僅差で抜かれて3位に後退している。

    パリ・サンジェルマンは4位から6位へと2つ順位を下げ、
    バイエルン・ミュンヘンとマンチェスター・シティがそれぞれ1ランクアップ。
    7位から12位までの順位には昨年から変動がなかった。

    20位までのランキング中、プレミアリーグ勢が最多の8クラブを占め、
    昨季王者のレスター・シティも圏外から20位へ浮上。

    いわゆる欧州5大リーグ以外ではロシアのゼニト・サンクトペテルブルクが唯一17位に入っている。

    トップ20のクラブと2016年の収益は以下の通り。

    1位.マンチェスター・ユナイテッド/6億8900万ユーロ(約839億円)
    2位.バルセロナ/6億2020万ユーロ(約755億円)
    3位.レアル・マドリー/6億2010万ユーロ(約755億円)
    4位.バイエルン/5億9200万ユーロ(約721億円)
    5位.マンチェスター・シティ/5億2490万ユーロ(約639億円)
    6位.パリ・サンジェルマン/5億2090万ユーロ(約634億円)
    7位.アーセナル/4億6850万ユーロ(約571億円)
    8位.チェルシー/4億4740万ユーロ(約545億円)
    9位.リバプール/4億0380万ユーロ(約492億円)
    10位.ユベントス/3億4110万ユーロ(約415億円)
    11位.ドルトムント/2億8390万ユーロ(約346億円)
    12位.トッテナム/2億7970万ユーロ(約341億円)
    13位.アトレティコ・マドリー/2億2860万ユーロ(約278億円)
    14位.シャルケ/2億1970万ユーロ(約268億円)
    15位.ローマ/2億1820万ユーロ(約266億円)
    16位.ミラン/2億1470万ユーロ(約261億円)
    17位.ゼニト/1億9650万ユーロ(約239億円)
    18位.ウェストハム/1億9230万ユーロ(約234億円)
    19位.インテル/1億7920万ユーロ(約218億円)
    20位.レスター/1億7210万ユーロ(約210億円)

    フットボールチャンネル 1/19(木) 12:15配信
    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170119-00010016-footballc-socc

    デロイト・スポーツビジネスグループ
    https://www2.deloitte.com/uk/en/pages/sports-business-group/articles/deloitte-football-money-league.html

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    1: YG防衛軍 ★ 2017/01/18(水) 18:48:34.10 ID:CAP_USER9
     
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    全盛期には様々な名CBと鎬を削ってきたが…。

     現地時間1月16日にドイツ・ミュンヘンで開催されたナイキの新スパイク『ハイパーヴェノム3』の発表会。当日はロベルト・レバンドフスキ(バイエルン)をはじめ、ハリー・ケイン(トッテナム)、マーカス・ラッシュフォード(マンチェスター・U)、ゴンサロ・イグアイン(ユベントス)、エディンソン・カバーニ(パリSG)、そして昨年11月に現役引退してドイツ代表コーチに転身したミロスラフ・クローゼ(元ドイツ代表)など世界中から名ストライカーたちが集結し、トークショーとメディア取材に応じた。
     
     そんな中、2002年日韓ワールドカップでヘディングだけで5ゴールを挙げるなど、日本のサッカーファンにも馴染み深いクローゼが、日本メディアの独占取材に応対してくれた。
     
     カイザースラウテルン、ブレーメン、バイエルン、ラツィオと渡り歩いたクラブキャリアでは231ゴール、ドイツ代表では歴代最多の71ゴールを挙げ、ワールドカップ通算得点王(16ゴール)でもあるレジェンド。世界中のDFやGKを震え上がらせてきた往年の点取り屋に、「キャリアの中でもっとも強敵だったセンターバックは?」という質問をぶつけると、こんな答えが返ってきた。
     
    「わたしにとってはネスタだね。完璧なセンターバックで、本当に苦労した。一筋縄にはいかなかった」
     
     1978年生まれのクローゼは、全盛期にファビオ・カンナバーロ(元イタリア代表)、リオ・ファーディナンド(元イングランド代表)、カルレス・プジョール(元スペイン代表)、ルッシオ(元ブラジル代表)など名立たるワールドクラスのCBと鎬を削っているが、選んだのは2つ年上のアレッサンドロ・ネスタだった。
     
     類稀な読みと身体能力を武器にラツィオ、ミラン、イタリア代表などで活躍したネスタ。クローゼはチャンピオンズ・リーグ、セリエA、国際Aマッチなど様々な舞台で何度も戦ったが、「パーフェクト」と形容するほど鮮烈な印象が残っているようだ。
     
     ちなみにネスタは、2013年にモントリオール・インパクトで現役引退(一時期、数か月だけインドで現役復帰)。2015年9月からはパオロ・マルディーニが共同オーナーを務めるアメリカのマイアミFCの監督を務めている。

    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170118-00021947-sdigestw-socc

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    1: 以下、VIPがお送りします 2017/01/18(水) 19:31:30.836 ID:yj+Nar6q0

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    メッシ(笑)
    ジダン(苦笑)
    ロナウド(失笑)
    マラドーナ(嘲笑)
    ペレ(核爆)

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    1: YG防衛軍  2017/01/18(水) 22:43:41.72 ID:CAP_USER9

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    16日、昨シーズンまでマンチェスター・Uを率いていたルイ・ファン・ハール氏が、26年間にわたる監督業の引退を発表した。イギリス紙『デイリー・メール』は、同氏が指導した選手の中からベストイレブンを選出した。

     ファン・ハール氏は1991年にアヤックスで監督としてのキャリアをスタートさせた後、バルセロナ、AZ、バイエルン、マンチェスター・Uといった各国のトップクラブを指揮。オランダ代表指揮官にも2度にわたって就任し、クラブと代表の双方で数々のスター選手を指導してきた。今回、同紙は[3-5-2]のフォーメーションを用いてベストイレブンを編成している。

    ▼GK
    エドウィン・ファン・デル・サール(元オランダ代表)
    ファン・ハール氏がアヤックスで指導した“黄金世代”の選手の1人であり、正GKとして数多くのタイトル獲得に貢献。1995年にはチャンピオンズリーグ(CL)優勝を経験し、以後、世界屈指のGKとして名声を確立していった。

    ▼DF
    フィリップ・ラーム(元ドイツ代表/現バイエルン)
    現在も「世界最高の右サイドバック」と称されるラームは、ファン・ハール氏がバイエルンを率いていた時期に不動のレギュラーとしてプレー。監督就任初年度の2009-10シーズンには、国内2冠やCL準優勝に大きく貢献した。

    ダニー・ブリント(元オランダ代表)
    ファン・ハール氏がアヤックスで採用していた3バックにおいて最も不可欠な選手であり、キャプテンも任されていた。CL、UEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)、UEFAカップウィナーズカップを制したことのある数少ない選手の1人である。

    フランク・デ・ブール(元オランダ代表)
    非常に能力の高いセンターバックであり、ファン・ハール氏の下、アヤックス黄金時代の中心選手として数々のタイトル獲得に貢献。1999年には同氏が監督を務めるバルセロナに双子の兄ロナルドとともに移籍し、リーグ優勝を経験した。

    ▼MF
    アリエン・ロッベン(オランダ代表/現バイエルン)
    2009年夏、バイエルンの監督就任とともにファン・ハール氏がレアル・マドリードから引き抜いてきた選手であり、2009-10シーズンの国内2冠とCL準優勝の立役者となった。同氏がオランダ代表を率いた2014年のブラジル・ワールドカップでは、中心選手としてチームを3位へ導いた。

    エドガー・ダーヴィッツ(元オランダ代表)
    若手だったダーヴィッツをファン・ハール氏が熱心に指導したことで、同選手は黄金時代のアヤックスとオランダ代表の双方において欠かせない選手となった。“闘犬”というニックネームを与えたのも他ならぬファン・ハール氏である。

    ルイス・エンリケ(元スペイン代表)
    ファン・ハール氏が率いたバルセロナの中心選手であり、1998年からのリーグ2連覇に大きく貢献した。本職の中盤だけでなく、FWやDFなど複数のポジションをこなす戦術理解力の高さによって同氏から重宝された。

    リヴァウド(元ブラジル代表)
    ファン・ハール氏がバルセロナの指揮官に就任した当初、トップ下でのプレーを望むリヴァウドはウイング起用を強いる同氏と対立した。しかし不和が解消されると、元オランダ代表FWパトリック・クライファート氏と抜群のコンビを形成し、得点を量産。活躍が認められ、1998-1999シーズンにはバロンドールとFIFA最優秀選手賞を受賞した。

    ルイス・フィーゴ(元ポルトガル代表)
    ファン・ハール氏が指揮したバルセロナで、リバウド、クライファートとともに破壊力抜群のトリデンテ(3トップ)を形成。当時、世界で最も華麗で創造的なプレーヤーであり、リーグ制覇の大きな原動力となった。

    ▼FW
    パトリック・クライファート(元オランダ代表)
    アヤックスの下部組織に在籍していた1994年、ファン・ハール氏に見出されてトップチームデビューを果たす。すると、同シーズンのCLファイナルで決勝ゴールを挙げるなど、高い得点能力を開花させた。1998年に移籍したバルセロナでも、監督を務めていた同氏とタッグを組んだ。

    デニス・ベルカンプ(元オランダ代表)
    ファン・ハール氏のアヤックス監督就任前から、すでにゴールゲッターとしての地位を確立していたが、同氏の指導を受けたことでさらなる成長を遂げ、2シーズン連続(1991-92、1992-93)で30ゴール以上を挙げてエールディヴィジ得点王に輝いた。同氏の下でプレーした選手の中でも最も恐ろしいストライカーのうちの1人である。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00542924-soccerk-socc

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    1: YG防衛軍 ★ 2017/01/18(水) 22:23:48.62 ID:CAP_USER9
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     公式サイトへのアクセス数が世界で最も多いサッカークラブは、マンチェスター・Uであることがわかった。UEFA(欧州サッカー連盟)が12日に発表した「クラブ財政評価レポート第8版」を元に、大手メディア『スカイスポーツ』がランキング形式で紹介している。

     UEFAは同レポートのなかで、2016年1月から6月における各クラブ公式サイトの月間平均アクセス数を発表。それによると、約860万アクセスを記録したマンチェスター・Uが、約850万アクセスのアーセナルを僅差でかわして1位に輝いた。なお、3位には約770万アクセスのリヴァプールがランクイン。トップ3をプレミアリーグ勢が独占した。

     続く4位と5位には、レアル・マドリード(約720万アクセス)とバルセロナ(約630万アクセス)のリーガ・エスパニョーラ勢がランクイン。また、6位フェネルバフチェ(約330万アクセス)から10位ドルトムント(約290万アクセス)まで、欧州クラブがトップ10を占めた。

     一方、欧州勢以外では、エジプトのアル・アハリ(約260万アクセス)が11位に入ったほか、ブラジルのサンパウロ(約180万アクセス)が14位タイに入った。しかし、トップ20のうち、欧州勢以外は上記2クラブのみだった。

     各クラブ公式サイトの月間平均アクセス数トップ20(2016年1月から6月)は以下のとおり。

    ▼1位(約860万)
    マンチェスター・U(イングランド)

    ▼2位(約850万)
    アーセナル(イングランド)

    ▼3位(約770万)
    リヴァプール(イングランド)

    ▼4位(約720万)
    レアル・マドリード(スペイン)

    ▼5位(約630万)
    バルセロナ(スペイン)

    ▼6位(約330万)
    フェネルバフチェ(トルコ)

    ▼7位(約320万)
    チェルシー(イングランド)

    ▼8位(約310万)
    ディナモ・キエフ(ウクライナ)

    ▼9位(約290万)
    バイエルン(ドイツ)

    ▼10位(約270万)
    ドルトムント(ドイツ)

    ▼11位(約260万)
    アル・アハリ(エジプト)、パリ・サンジェルマン(フランス)

    ▼13位(約190万)
    レスター(イングランド)

    ▼14位(約180万)
    トッテナム(イングランド)、マルセイユ(フランス)、サンパウロ(ブラジル)

    ▼17位(約170万)
    マンチェスター・C(イングランド)

    ▼18位(約160万)
    ゼニト(ロシア)、ガラタサライ(トルコ)

    ▼20位(約150万)
    ユヴェントス(イタリア)

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00542923-soccerk-socc

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    1: YG防衛軍  2017/01/18(水) 16:53:22.30 ID:CAP_USER9

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    圧倒的なフィジカルと決定力を武器にヨーロッパのフットボールシーンで一時代を築いたディディエ・ドログバ。彼はいかにしてスタープレーヤーへ上り詰めたのか?

    数々の栄光を手にしてきたその背景には、知られざるストーリーがある。今回は偉大なストライカーの、愛すべき一人のサッカー少年の物語を振り返っていこう。

    ■幼少期にフランスへ移住

    ドログバの成功は、いくつもの苦難を乗り越えた末に得られたものであった。若かりし頃のドログバにとっては、降りかかる数々の困難に打ち勝っていくのは決して簡単なことではなかった。ありきたりな表現ではあるが「試練の連続だった」としても、決して不思議な話ではない。プレーヤーとして何ができるかを問われる前に、自分が誰で、どこの出身で、どんな人間なのかが常に問われていたからだ。それは「植民地支配の影響が色濃く残る時代に生まれた」と書けば想像していただけるのではないだろうか。

    コートジボワールの首都・アビジャンで生まれ育ったドログバは5歳のとき、アフリカからヨーロッパへ渡る集団の中に紛れてフランスにやってきた。彼は異国の地で叔父のマイケル・ゴバとともに生活をおくることになった。ゴバはキャリアの大半を2部リーグで過ごしたとはいえ、プロのフットボーラーだった。

    そして、ゴバはドログバがフランスで生活することで「成功するチャンスがある」と考える人物だった。そのことに関して、ディディエの家族に説得を試みたほどである。



    フランスに移住した当初はうまく適応できなかった。ホームシックにかかり、3年後には一度、失業中であった両親が待つコートジボワールへ送り返されたのだった。

    しかし、次にフランスに戻って以降、彼が母国の地を踏むのはかなり先のことになる。青年になったドログバには、作家カマラ・レイが1953年に著した小説「The Dark Child」の主人公レイが当時のドログバと同じ年齢のときに故郷のギニアを離れてパリに移住した際の窮状よりはまだ自分のほうがマシだという慰めもあった。

    ■遅咲きのキャリア

    後に偉大な才能を開花させたドログバだが、決して順調なキャリアを歩んだわけではない。1997年、19歳の時にル・マンから声がかかるまでは、セミプロレベルで長い期間プレーをしていた。1999年1月にル・マンでデビューを果たし、その後も3年間トップチームのメンバーリストに名を連ねたものの、レギュラーとしてプレーしたわけではなく、60試合12ゴールを記録したに過ぎなかった。



    2001-02シーズン途中にギャンガンがドログバにリーグ・アンでプレーするチャンスを与えはしたものの、彼に対する期待は決して高いものではなかった。ギャンガンが降格を免れた同シーズンは、あくまでサブとしてプレーし、20試合で記録したゴールはたったの3つだった。

    当時、ギャンガンでコーチを務めていたマーク・ヴェスターロッペは語る。「ディディエはプロクラブのアカデミーでプレーした経験がなかった」「毎日トレーニングをし、毎週試合をこなすことができるようになるまで、4年間かかったんだ」

    ドログバは言わば「ダイアモンドの原石」であり、プロフットボーラーとしての生活に適応できていなかった。ジャンクフードをかっ喰らいがちで、私生活での不摂生ぶりを見かねたクラブはすぐに厳しい制約を課した。

    もっとも、この判断がドログバを偉大なプレーヤーへ成長させていく。ヴェスターロッペは「ハードワークの大切さを理解してから、彼はとても良い選手になった」と、その成長ぶりに舌を巻いたほどだ。

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    1: Egg ★ 2017/01/18(水) 12:47:00.43 ID:CAP_USER9
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    アルゼンチン代表に1986年メキシコ・ワールドカップ優勝をもたらすなど、華麗なプレーの数々で多くの伝説を残したレジェンド、ディエゴ・マラドーナ氏が古巣のナポリを訪れ、クラブのリーグ初優勝から30周年のセレモニーに出席。

    「ペレは常に俺の二番手」と、相変わらずのコメントを残したと、「ガゼッタ・デロ・スポルト」などイタリアメディアが一斉に報じている。

     マラドーナ氏は1984年にバルセロナからナポリに移籍すると、86-87シーズンに中心選手としてリーグ初優勝に貢献した。89-90シーズンにも2度目の優勝を果たしたが、92年に薬物検査で違反が発覚しチームを去った。それでもナポリでは今もなお、マラドーナは英雄として扱われている。

     マラドーナはナポリのウェアを手に、「このユニフォームで私は夢を見たんだ」と訴えかけると、バルセロナからの移籍時に2倍の年俸を提示されたことを暴露し、「金じゃないんだ」と断って移籍したことも明かしている。

    FIFA汚職問題にもマラドーナ節全開

     そして、「ペレは常に俺の二番手だ」と相変わらず隣国ブラジルのレジェンドをこき下ろすと、FIFAの汚職問題にも触れて「ブラッター(前会長)とプラティニは泥棒だ」とマラドーナ節を炸裂させた。

     ナポリは今季、アルゼンチン代表FWゴンサロ・イグアインをユベントスに引き抜かれたが、勝ち点41で3位につけている。マラドーナ氏の在籍時に獲得した2回を最後にリーグ優勝から遠ざかっているナポリだが、今季はリーグを制することができるだろうか。

    Football ZONE web 1/18(水) 12:02配信
    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170118-00010006-soccermzw-socc

    【サッカー】<サッカー界最大の論争テーマ>メッシよりC・ロナウドが上! イタリア専門紙が挙げた10の理由
    http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1484647513/

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    1: YG防衛軍  2017/01/18(水) 14:13:28.71 ID:CAP_USER9

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    16日、『FourFourTwo』は「バイエルン・ミュンヘンのオランダ代表FWアリエン・ロッベンは、中国からの狂ったオファーを断ったことを明らかにした」と報じた。

    今季でバイエルンとの契約が満了になる予定であったが、それを1年延長することを選択したロッベン。

    彼は『Radio 538』に出演して以下のように語り、中国からすごい額のオファーを受け取っていたと告白した。

    アリエン・ロッベン

    「僕はバイエルンで素晴らしい時間を過ごしている。世界最高のクラブの一つでプレーしている。自分の年齢を考えれば、どこに行くのかはわからない。

    中国への移籍は、間違いなくそういったものだ。それは基本的にキャリアの終わりを認めるものだ。僕はできるだけ長く最高レベルでプレーし続けたいんだ。

    今中国が行っていることは完全に狂気の沙汰だ。彼らはとんでもない額のオファーを送っている。

    僕もまたそれを受け取った。見せられたお金はとてもクレイジーなものだった。少なくとも、一蹴することはできないものだ。

    中国ではおそらく欧州ビッグクラブが支払える給与の4~6倍を手にできる。

    しかし、お金は僕を駆り立てることはない。僕が素晴らしいキャリアを歩めたのはそれが理由だと思う。自分にはサッカーだけしかない。

    27~28歳で中国に行く選手のことは理解できないね。それらの人物はキャリアの頂点にある。本当にゴミだ。

    人生は一度しかない。30歳になっているなら理解もできるんだけどね」


    http://qoly.jp/2017/01/18/arjen-robben-refused-an-offer-from-china-kgn-1

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    1: 以下、VIPがお送りします 2017/01/18(水) 01:24:47.862 ID:Gw0tJ4FH0

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    南米最強は間違いないでしょ?

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    1: Egg 2ch.net 2017/01/17(火) 16:22:28.36 ID:CAP_USER9
     日本へやってくる外国人選手の心配材料の1つに地震なども挙げられるが、ノヴァコヴィッチはこれについても

    「私はマグニチュード7.6の地震を経験して怖かったこともあるが、丈夫なマンションに居れば何も起きない」と、問題ないことを強調。ポドルスキのJリーグ挑戦を強く勧めている。

     2018年までガラタサライとの契約が残る中、今冬での去就が注目されるポドルスキ。同メディアでは神戸がポドルスキと年俸800万ユーロ(約10億円)の3年契約を結ぶのではないかと報じている。

    一部抜粋
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170117-01635979-gekisaka-socc

    【サッカー】<ノバコビッチ>ポドルスキの日本行きを後押し!「オファーを受け入れるべき」「ファンは、クレイジーな人はいない」
    http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1484633048/

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